飲み込みを評価する新たな検査方法を研究

 当院は、昨年12月より東京大学と富士フィルムの共同研究に参加しています。協力研究員である長谷剛志先生(歯科口腔外科部長)と金沢大学新学術創成研究機構の特別研究員である三浦由佳先生が、食べ物がうまく飲み込めない嚥下障害の患者さんに対して特殊な超音波(エコー)を利用した新しい検査方法の研究を進めています。
 患者さんの喉にエコーを当てて食べ物の流れを小型のタブレット画面に映し出し、誤嚥や残留物の状態を検査します。従来の方法では、患者さんの鼻から内視鏡を挿入して検査するため患者さんの苦痛や負担が多く、自然な形で食べる機能を評価できない欠点がありました。しかし、このエコーを利用した検査方法は、患者さんの体への負担が少なく、検査機器も小型であるため持ち運びに便利で、院内だけでなく在宅診療でも検査できることが期待されます。これから、ますます高齢者が増える中、食べることに問題を抱えるケースは増加します。苦痛のない方法で食べる機能を検査できる医療機器の開発に注目が集まっています。


 

 

関節リウマチの診断と治療についての当院の取り組み

○関節リウマチ(初期)の治療


早期の関節リウマチの診断について

これまで関節痛を訴える患者さんが,関節の熱感や腫れなど関節リウマチ特有の症状がなく,リウマチ因子が陰性,CRPや血沈などの炎症所見もないときには,しばしば原因不明の関節炎として,消炎鎮痛薬単独で経過を見ていることがしばしばありました。関節リウマチの骨の破壊は約2年で骨の破壊が始まり,4年で過半数に達するといわれています。関節の熱感や腫れがなきままに,いつのまにか関節変形が進行する「くすぶり型」の患者さんもかなりいます。血液検査で診断されるまで2~3年かかってしまうこともありましたが,抗CCP抗体やMRIによる滑膜炎の評価などによって,早期関節リウマチが診断できるようになってきました。

抗CCP抗体の測定は2007年4月からが始まりました。当院では1時間以内に定量判定ができます。将来,関節破壊が起こるか可能性があるかどうかを予測する検査です。関節リウマチの患者さんの88%に陽性になりますが,関節リウマチでない患者さんの11%でも陽性になります。病気の活動性を示す指標として報告されましたが,これまでの経験から申しますと,必ずしも急速に関節破壊が進行するということではなく,炎症の指標である
CRP値との関連も認められないことも多く,どちらかというと早期の関節リウマチの診断に役立つ「目印」のようなものではないかと考えています。

下図のように,別の調査でも抗CCP抗体が陰性であっても,関節リウマチが発症してくる人が25%もあるので,決心安心はできません。

 

さて,リウマトレックスでは炎症が抑えられている(CRP<0.6)ように見えても,関節・骨の変形が進行するとの指摘があります。また,いったん関節が破壊されると,修復は困難と考えられてきました。しかし,生物製剤の登場で骨の破壊がストップしたり,骨の形が回復してくるケースもたくさん報告されています。下図のように,関節の破壊速度は最初の1~2年がもっとも急速ですので,関節痛が1週間以上も持続するときには,早めの検査をおすすめいたします。これまで関節リウマチをコントロールはできても完治が難しい病気と考えてきましたが,レミケード+リウマトレックス+免疫調整薬(DMARD)による早期治療で、完全治癒が可能という意見まで出てきました。

 


○治療方針の決め方と,生物学的製剤を開始する前の注意点について

まず,安全を第一に考え,治療を開始する前に感染症や悪性腫瘍などがないことを慎重に見極めます。メトトレキサート(リウマトレックス)を基礎薬としますが,腎臓の機能低下やリウマチ肺がある場合にはプログラフやサルファサラジン(アザルフィジンEN)などの別の免疫調整薬(DMARD)を使うこともあります

リウマトレックスを1-2か月間内服しても、炎症反応が依然として強い(CRP≧2.0mg/dl以上、血沈≧28mm/1時間値)かったり,関節に熱をもって痛んだり,関節液がたまって腫れている関節が6か所以上ある患者さんには生物学的製剤をおすすめします。

なお,第一選択薬とされるリウマトレックスは,関節リウマチの勢いを抑えてくれますが,破壊された骨を回復させる効果が少なく,完全治癒がむずかしいといわれています。関節痛が消失したようにみえて,破壊・変形がゆっくりと進行するケースがかなりあります(くすぶり型)。

生物学的製剤のうち,インフリキシマブ(レミケード)は,関節リウマチ患者さんの関節の中で作られるTNF(ティーエヌエフ)と呼ばれる炎症物質が関節の滑膜を攻撃しています。このTNFに結合して作用しないようにする薬がレミケードです。本来ならば、外敵からからだを守るはたらきをするTNFが自らの関節を攻撃するわけです。レミケードは欧米を中心にすでに70ヵ国以上、約40万人以上の関節リウマチやクローン病の患者さんに使用され,これまでにない優れた効果を示しています。

なお,生物学的製剤には妊娠時に奇形をおこす可能性が指摘されていますので,妊娠中は使用できません。その反対に,炎症を起こすTNFは子宮の収縮をきたして不妊症を起こしているともいわれ,そのTNFを抑えるレミケードが不妊症を治療する効果があるのではないかとアメリカの研究会では報じられています。

レミケードR(インフリキシマブ) エンブレルR(エタネルセプト) ヒュミラR(アダリムマブ) アクテムラR(トシリズマブ)
注射の間隔 初回,2,6週後点滴 以後8週ごと (8週未満でも可) 1週間に2回 2週間に1回 4週間に1回
注射の部位 点滴 皮下投与 皮下投与 点滴
リウマトレックス 併用の効果 できるだけ必要 どちらでもよいが 併用した方がより効果的 どちらでもよいが 併用した方がより効果的 併用不要

 

2007年5月から使用できるようになったエタネルセプト(エンブレル)はTNFが作用しないように受容体をブロックする薬です。レミケードはTNFを作っている細胞も破壊するため,その作用はエンブレルより強力ではないかと考えられています。反面,保険で認められたレミケードの投与量は日本人では少なめになっていますが,エンブレルは外国とほぼ同じ量に設定されていますので,両者の効果の差はほとんどなく,個人の体質の差の方が大きいものと考えられます。

もう一つの違いは,エンブレルやヒュミラやアクテムラはメトトレキサート(リウマトレックス)の併用を必要としません。リウマトレックスは,レミケードを注射したときにできる中和抗体(レミケードを異物と認識して作られる抗体でレミケードを効かなくする)が作られないようにします。このためレミケードにはリウマトレックスを併用することが不可欠でした。しかし,リウマトレックスには白血球減少,肝機能異常などの副作用があり,腎臓の働きの低下した患者さんでは血中濃度が高くなって副作用が出やすくなるため原則として禁忌となります(が,実際にはごく少量を慎重に内服しているようです)。エンブレルやヒュミラはリウマトレックスを必須としないために,単独で使用できますので,エンブレルは待ちに待った薬でした。ただし,エンブレルもリウマトレックスを併用する方が治療成績は良くなります(下図:MTX=メトトレキサート(リウマトレックス)の略)。

レミケードにはマウス由来の蛋白成分が含まれていますが,ヒュミラは完全ヒト由来のため,中和抗体が作られにくいとされています。ただし,2010年5月の日本リウマチ学会では,レミケードとの効果を比較した発表も見られましたが,大きな差は報告されません。アクテムラはヒト化抗体で、ヒトに対しての抗原性を減らす目的で作られています。

2010年8月から一般病院で使用できるようになったトシリズマブ(アクテムラ)はTNFとは違った経路をブロックする薬で、国内で研究・開発され、国内の関節リウマチ患者さんに対して試験が行われた上で、承認された薬です。関節リウマチを進行させる主要な原因の1つに「サイトカイン」と呼ばれる物質があり、もともとひとの体にあるもので体に異物が入ってきたときに、体を守る働きなどをします。IL-6(インターロイキン6)やTNFはその代表です。関節リウマチでは、IL-6が関節や血液中に通常より多く存在し、症状や関節の破壊に関係があると言われています。アクテムラはIL-6が働くきっかけとなる受け皿(受容体といいます)にくっつくことで、IL-6を働けなくしてしまいます。症状を和らげたり、関節の破壊の進行を遅らせる働きがある薬です。また、エンブレルやヒュミラと同じくメトトレキサート(リウマトレックス)の併用を必須としないため、単独でも使用できます。

感染症について、生物製剤は病気に対する抵抗力を弱める可能性があります。また、通常感染症にかかると発熱したり体がだるくなったりCRP(炎症や感染の指標)が上昇するのですが、アクテムラを投与すると、このような感染症の症状や検査値の変化がわかりにくくなる可能性があります。軽いかぜだと思ってそのまま放置していると思わぬ重度な症状になることも考えられます。かぜの症状を感じた場合は、次の診療日を待たずにすぐ主治医にお申しでてください。ちなみに,生物製剤がとてもよく効いた人ほど,免疫が抑制されていますので注意が必要です。

○ 生物製剤の投与間隔と効果の発現・減弱,副作用(感染症)について

 レミケードは,1時間の点滴を2週間,4週間と延ばし,6~8週間隔で点滴します。ずっと使い続けるという方よりも,病気がおさまってきて,点滴間隔が延びたり,2~3割の方では3か月~1年の間に点滴が必要なくなることが多いという印象です。そういった意味で,関節リウマチの治療は,「寛解」から「治癒」を目指せる時代になったといえます。なお,レミケードの効果は早い方では,初めて点滴したその日の夜から関節痛が治まってくるのが自覚できます。これは,ヒュミラも同じです。

 さて,レミケードはもともと人体の中には無い蛋白質ですので,注射された患者さんの体内ではレミケードを異物と認識して抗体ができてしまいます。その抗体がレミケードにくっついてその効果を中和してしまいます。それを抑制するためにも,リウマトレックスは十分な量を併用する必要があるわけです。したがって,治療でよくなった場合には,生物製剤を先に中止して,その後にリウマトレックスを減量したり,中止するという順序になります。

 エンブレルは週に2回、皮下注射をしなければなりません。指の変形で注射が難しい長期の関節リウマチ患者さんの中には自己注射がなかなかできない方もいます。一方,仕事を持つ患者さんにはレミケードのような2時間を超える点滴で会社を休む必要がない点でエンブレルの方が好評との意見もあります。
その点,ヒュミラは点滴ではなく皮下注で、しかも2週間に1回の投与で、自己注射も可能ですので,使い勝手が良いことが特徴ですし,アクテムラは4週毎に1回1時間の点滴です。

 エンブレルは,炎症物質(TNF)が作用する箇所をブロックして炎症が起こらないようにする薬です。このため,レミケードのようにその日のうちに効果が実感できるというほど早くは効きません。3~4日,あるいは1週間ほど経過してから効果を感じる方が多いようです。

 アクテムラは炎症を起こす前段階の経路(IL-6の受容体をブロック)を押さえますので,効果発現はエンブレルと同じように,数日かかって効果を実感できることが多いようです。

●レミケードは点滴(8週ごとに1回2時間) エンブレルは皮下注射(はじめは外来で看護師が注射し,その後は自分でエンブレルは週2回注射,ヒュミラは2週間に1回注射)

 


○関節リウマチでもっとも気をつけなければならないのは・・・

 関節リウマチの治療でもっとも気をつけなければならないのが肺炎です。結核も日本では多いといわれてきましたが,頻度としては圧倒的に肺炎が勝っています。

とくに生物製剤を開始すると,細菌性肺炎や非細菌性の肺炎(異型肺炎)の危険性が高まります。生物製剤がいち早く使用されたアメリカでの大規模調査では,関節リウマチの患者さんが死亡する原因の中では,肺炎などの感染症や腎障害,肺線維症が一般人に比べて明らかに高頻度にみられます。

これはステロイドやリウマトレックスによる免疫力低下,消炎鎮痛薬による腎障害で薬剤の効果が高まること,リウマチによる肺線維症(間質性肺炎)などが肺炎を起こりやすくするためです。肺炎への対策が大切なのです。

 

原因 関節リウマチ 米国一般
1.心血管 42% 41%
2.ガン 14% 20%
3.感染症 9% 1%
4.腎不全 8% 1%
5.呼吸器 7% 4%
6.消化器 4% 2%
7.脳 4% 10%

J Insur Med36:200-12, 2004

さて,肺炎の原因菌の中でも,もっとも多いのが肺炎球菌です。肺炎球菌のワクチンは2012年から自治体の補助金がつきましたので,ぜひともワクチンを受けてください。なお,インフルエンザにかかったときにも肺炎球菌の混合感染が重症化につながります。

当院では一定の治療方式をクリニカルパスとして運用し,これによ基づいて治療方針を考え,抗生物質を選択するようにしています。

 

なお,この他の副作用としては,消炎鎮痛薬(NSAID)の長期連用による血圧上昇,脳血管障害,心筋梗塞などが問題となりますので,NSAIDの長期服用に関しては主治医とよくご相談ください。

慢性腎炎について

IgA腎症で解明されていること・されていないこと(2013年版)
 これまでIgA腎症を治療する専門的な知識や研究成果を発表してきました。なかでも,ステロイドパルス療法を日本で初めてまとめて報告し,現在では全国のほとんどの施設で行われるまでに広まりました。ステロイドパルス療法は効果が早くかつ確実に得られる反面,副作用にも留意しなければならない治療法です。どのような状態の時にこの治療法がもっとも適応となるのか,あるいはより穏やかな治療法でも十分に効果が期待できるのかといった判断や,薬の量についても一人一人検討しなければなりません。また,おこりやすい副作用を個別に患者さんごとに予測し,未然に防止するために策をご一緒に考えます。この点に関して,他の病院で治療されている患者さんにセカンドピニオン(第2の意見)をお伝えすることもできます。

IgA腎症(あいじーえーじんしょう)の解説

 慢性腎炎の半数を占める,日本でもっとも多い腎臓の病気です。顕微鏡的血尿は必須で持続し,上気道炎,扁桃炎,腸炎(下痢,腹痛)などで38.0℃を越える高熱を伴うときコーラ色の肉眼的血尿発作が特徴的です。腎炎の勢いが完全になくなると顕微鏡的血尿(尿潜血)が陰性化します。なお,最初から潜血(-)であればIgA腎症は否定的です。IgAは免疫グロブリン(=抗体:immunogloburin)Aの略称で,IgAはのど,気管支,腸などの粘膜を外敵から守っている警察のような存在です。この守りが弱いと,粘膜に感染した病原体の一部とIgAが免疫複合体を作って血液中に入り,腎臓に流れ着きます。ちなみにIgGは血液中をパトロールしています。

 

 腎臓の糸球体の血液をろ過する膜(フィルター)に免疫複合体がひっかかると,2~3カ月とどまってジワジワと炎症をおこし,膜を破って糸球体の毛細血管がつぶれたり,その周囲が線維化して瘢痕組織に置き換わってしまいます。さらに,粘膜感染を繰り返していくと,腎臓にはどんどん免疫複合体がたまっていきます。このようにして起こるIgA腎症は20代前半に発病のピークがありますが,10歳以下でも,50歳以上でも発病することがあります。

 


 高熱に伴って,下痢や咳・痰・咽頭痛(扁桃炎)などの急性腸炎や上気道炎にかかると,コーラ色/番茶色の血尿がでることがあります。このような「急性増悪」した時には,糸球体に免疫複合体のサイズの小さいものが大量に流れ着いて,それを食べに白血球が集まり,糸球体に強い炎症が起こります。このように炎症細胞が全身から集まってきて腎臓全体が腫れますので,腰の上の方に鉛が入っているような腰痛を自覚することがあります。このような急性増悪時には早めに抗生物質を服用し,自宅で安静を保ち,保温,十分な飲水に努めましょう。肉眼的血尿は1~2日で消え,尿タンパクも1週間くらいで元に戻ります。(付:急性増悪が全身のサイトカイン血症によってもともと沈着していた免疫複合体の炎症が悪化するというとらえ方をする研究者もいます)

さて,尿タンパクが(±)~(+)(≒0.5g/日以下が持続しているなほとんど進行する心配はないのですが,
(++)(≒1.0g/日以下)以上となると5年,10年と経過するうちに腎臓の働きが低下してきます。

したがって,1日尿タンパク量が1.0gを越えている場合には,薬による治療がぜひとも必要です。その場合,1日尿タンパク量を2~3カ月ごとに測定して治療効果を判断するのがよいでしょう。以前は24時間蓄尿して尿タンパク量を測定していましたが,日々の変動

尿蛋白1g以上を放置すると10年でおよそ3割が慢性腎不全に移行しますので,尿検査を必ず定期的に受けてください(図)。

治療には,血小板凝集抑制薬,ACE阻害薬,ARB,ステロイド薬が有効ですが,血圧の管理,食事療法(食塩7g,カロリー35~40kcal/体重1kgあたり,蛋白制限0.6~1.2g/体重1kgあたりも効果的です。なお,0.8g/体重未満の強い蛋白制限についてはEBMあるいは感染,筋力低下などの危険性のためにお勧めしていません。


ステロイドパルス療法は金沢医療センターに勤務中で半月体形成を伴う活動性IgA腎症に対して効果があることをまとめて日本で初めて報告した治療法で,現在では全国に広まりました(日本腎臓学会誌46(8) 657-663.1992)。

最近,パルス療法に扁桃腺摘出術を合わせて行う扁摘パルス療法が注目されていますが,2013年現在でも,この治療法を行っているのは日本だけで,世界からは認められていません。さらに,重要な点は扁適を行なわないパルス単独療法との治療効果の差を無作為割り付け法(RCT)によって検討した厚生科学研究が全国12施設で実施され,80例あまりのデータが集まりました。これまでの中間報告では,扁摘をしてもしなくてもパルス療法の効果(尿蛋白減少と血尿の改善)には差が認められませんでしたが,2012年の腎臓学会総会では,血尿の消失率や尿タンパク量の減少速度に少し差があるのではないかと報告されました。

 さらに以前からのいくつかの発表データを紹介しますと,国立病院機構の腎研究グループでの14例(RCT)のデータを図に示しますと(下図),扁摘した群としなかった群とで,1日尿タンパク量はともに約1/3に減り,両群とも半数以上(57%)で尿潜血が消えていて,ほとんど差はありませんでした(2009年世界腎臓会議)。

2011年6月の日本腎臓学会総会のシンポジウム発表でも2群の尿蛋白の平均値は,図の折れ線グラフと同様に扁摘のあるなしでは差がみられませんでした。しかし,この時に追加されたデータとして,尿蛋白<0.3g/gCr(脚注*1)かつ尿赤血球<5個/視野に完全寛解(脚注*2)した割合は扁摘群45%
vs
非扁摘群25%とわずか(P=0.048)ですが扁摘群で良い結果と報告されました。ただし,完全寛解というのは十分すぎるほどの治療効果であって,重要なのは将来にわたってまず腎機能低下が進行しないと安心できる尿蛋白<0.5g/gCrとなる割合ですが,それはそれぞれ63%
vs 52%と有意な差にはなりませんでした。

 それでも,完全寛解が45% vs 25%,寛解が63% vs
52%と,扁摘した方が少しでも良くなる可能性があると期待したくなるのも無理はありません。とくに透析という言葉を出されると動揺してしまいますが,ここで注目すべき点は,この無作為割り付け研究(RCT)では扁桃炎を繰り返している患者さんを対象としているということです。現在問題となっているのは(≒患者さんが悩まれているのは),扁桃炎を起こしたことのない人や扁桃腺がほとんど腫れていない人までが扁摘を勧めれ(or
自ら選択し)ていることです。つまり,扁桃炎の起こしていない人を対象にした研究が未だに行われていないのです。

 

 扁桃が感染巣となっている場合は,ここから免疫複合体が流れ出して糸球体に引っかかるわけですので,扁桃に慢性の炎症をもっている人が扁摘した方が良いというのはむしろ当然のことなのです。つまり,この研究では2群で尿蛋白の減少効果に差が出るのは研究開始前から予想されていました。それにもかかわらず,当然差が出るべきなのにわずかにしか差が出ないということは,扁桃炎を起こしていない人を集めて同じ無作為割り付け法(RCT)を行うと,扁摘にはまったく効果がないという結果になる可能性があるということです。現時点では,扁桃炎をおこしたことのない(or 扁桃が現時点で腫れていない)人に扁摘を行うことには医学的な根拠(EBM)がないといわざるをえません。

 ちなみに,IgA腎症で扁桃に慢性の感染をもっている人(扁桃炎を繰り返す人も)はかなり少数派です。実は,血液中のIgAの7~8割は産生場所が腸管で,
コーラ色の尿を伴うようなIgA腎症の急性増悪の誘因の過半数は急性腸炎(下痢と発熱)です。ちなみに,ノロウイルス急性腸炎ではIgA腎症が激しく悪化します。

“透析”の恐怖を告知されると,少しでも病気が良くできるならその可能性にかけたいと,すがるような思いで扁摘に期待したくなりますが,扁桃が正常(手術前に耳鼻科医が必ず教えてくれます)にもかかわらず手術に飛びついても,10
日間の入院と10万円近くの医療費を払うだけになりかねません。また,味覚神経を傷つけて手術後に味がわからなくなったり,将来,心筋梗塞を起こしやすくなるのではないかといった合併症や副作用についての報告も新たに出てきています。現時点で明らかとなっていることは,「扁桃炎を1年に何度も繰り返す人は扁摘した方が良いが,扁桃炎を起こしたことがないIgA腎症の人が手術を受けても効果は期待できない」ということです(≒パルス療法単独で良い)。

 さて,もう1つ重要なポイントは,1日尿蛋白量が1.0g未満を持続していればほとんどの場合は透析にまで進行しないというのが腎臓学会の共通認識です。その根拠になるデータはACE阻害薬やARBなど進行を抑制する薬が使われる15年以上前の成績で明らかにされていて,現在ではさらに良い成績になっています。私たちの成績でも,尿蛋白が0.5~0.9g/
日では25人に1人が進行しますが,0.5g未満であれば98%は進行しません。残りの2%は経過中に尿蛋白が増えていた可能性が推測されますし,治った人は病院に来なくなりますので寛解の割合はさらに高いはずです。また,適度な運動による感染予防のみで3~5割が自然寛解します。

 最後に,扁摘パルス療法でIgA腎症の8割が完治するという成績を出しているような病院がありますが,その発表内容や論文を詳しく見てみますと,尿蛋白が0.5g未満の患者さんが半数以上を占めていました.これは扁摘パルス療法の効果というよりも,感染扁桃が切除されたことによる(単独)効果の可能性が考えられます。学会では,尿蛋白が0.5g未満の軽症例への扁摘パルス療法は副作用の面からも過剰な診療ではないかとの論議がしばしば聞かれます。尿蛋白が0.5g未満の場合は,98%以上の確率で進行しませんので,どうか落ち着いて,IgA腎症の複数の専門医にご相談してみてはいかがでしょうか。


<付録>  IgA腎症の発症・進展のメカニズム


1 糸球体腎炎(IgA腎症)発症のメカニズム

1.腎炎になりやすい人は、病原体に対して過敏に反応して、たくさんのIgA抗体を作りやすい体質をもっています。これは一種のアレルギーとも考えられています。実際に、花粉症やアレルギー性鼻炎(IgE抗体)を併せて持っている人もたくさんいます。ちなみにIgAとIgEの威厳には隣同士で,ともに高等動物しか有していません。

2.病原体が主に口・鼻あるいは食物に混ざって入り込んで、かぜ症状をおこします。発熱・のどの痛み・せきたん・下痢(げり)などをおこし、咽頭(のど)、肺、腸などで繁殖します。

3.病原体あるいはその一部が抗体(IgA)と結合します。病原体の繁殖が少なければ、その場所で抗体に殺されてしまいますが、繁殖が強いと一部は血液の中に入って、腎臓まで流れ着きます。腎臓の中の尿をろかする膜に引っかかって、そこにたまります。
2 糸球体にくっついているIgA


ふつうの顕微鏡では見えませんが、IgA抗体を光らせる蛍光顕微鏡で見ると、糸球体にくっついているIgA抗体が黄緑色に光って見えます。正常な人では、真っ暗闇でまったく光りません。なお,抗原を証明したとの報告がいくつかみられますが,複数の研究機関での追跡調査では十分確認されていません。

3 腎炎進行のメカニズム

               正常の糸球体
 IgA腎症(中等症)の糸球体

○IgA腎症では、ばい菌の体の一部とそれに対するIgA抗体とが複合体を作って、腎臓の尿をろ過する膜に引っかかります。

○人間にとってこれは異物ですので、糸球体の中の掃除を担当するメサンギウム細胞がこれを食べて処理しようとして増殖します。

○糸球体の空間はこの細胞が増殖することで窮屈になり、中でとぐろを巻いている毛細血管が圧迫されたり、つぶれてしまいます。


実は毛細血管の薄い壁から尿がしみ出されて作られていますので、毛細血管がつぶされることは尿を作るための血液の流れが減ることになります。つまり、腎臓の尿を作る働きが低下することになります。
4 IgA腎症の活動性はずっと続くのですか?

   → 「いいえ、15年くらいで決着がついてしまいます。」これは私見ですが・・・

「IgA腎症にかかったら、ずっと病気の勢いが続いて、一生薬を飲まないといけないんですか?」と言われる患者さんが多いのですが、私は「良い意味でも、悪い意味でも15年くらいで決着がつきます。」とお答えしています。

15年以上前には、IgA腎症に対してステロイドを使うことはあまりありませんでした。つまり、有効な治療法はなかったわけです。

このころの患者さんの経過をみてみますと、だいたい21~23歳頃に発病して、病気の勢いが強い患者さんでは、15年後の37歳前後に透析に導入されるという、だいたい一定のパターンを示しています。IgEが上昇する気管支喘息などのアレルギー疾患がしばしばIgA腎症と合併することからなんらかの共通する病態が潜んでいるものと考えられています。ちなみに,IgAとIgEの遺伝子は隣同士です。

さて、45歳を越えてから透析に導入される人は全体の5%以下とわずかで、そのほとんどは高血圧のコントロールが十分でない方でした。つまり、高血圧によって腎臓の血管を痛めて、いわゆる腎硬化症を合併したために腎臓を悪くしていました。45歳以上では、むしろ、IgA腎症の活動性はほとんどなくなってしまうのです。

一方,青年期にはIgA腎症の疾患活動性が高く,これを鋭敏に反映する半月体をみるとよくわかります。半月体ができる糸球体の割合は、若いときほど(初期ほど)高いことが多いことがわかっています(右図)。半月体が発見されたらパルス療法でなるべく早く病気を押さえ込んでしまうのが得策です。半月体はステロイド治療によってかなり確実に押さえ込むことができます。

5 病初期であればあるほど,パルス療法+ARB(or ACE阻害薬)がよく効きます

アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)やアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)が、IgA腎症の尿蛋白を減少させることがわかってきました。この薬によって、尿蛋白は30~60%減少します。右図の人では、1回目の腎生検を行ったときには病気の勢いが強く、尿蛋白が2.0gくらいありました。このときにはACE阻害薬を使っても尿蛋白は2%程度しか減らなかったのですが、ステロイド治療などによって勢いを押さえることができると、ACE阻害薬の効果が格段に高まることを私たちがはじめて指摘しました。ACE阻害薬は、もともと高血圧の薬として開発されましたが、糸球体の中のも毛細血管の圧力をおとすことによって、尿蛋白が減ることがわかってきました。しかし、この薬は病気を元から絶つ薬ではありません。ですから、ステロイドを併用すると、効果が発揮されやすいのです。

ARBとACE阻害薬の違いは,前者に咳(せき)の副作用がないことです。この両者を併用(ACE阻害薬+ARB)するとさらに尿蛋白が減少することもわかってきましたが,腎機能が逆に低下しやすいのではないかという意見も一部にはあります。重要な点は糸球体はある程度破壊される前に治療を始めることです。病気の初期の段階あるいは尿タンパク量が1.0g/日未満の人がよく効きます。

 

 



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